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アニメや漫画のファンが作品の舞台に訪れる「聖地巡礼」の発展形として、聖地に定住する「聖地移住」の動きが、近年ファンの間で広がりつつある。聖地は都会から離れた田舎の土地も多く、多くの移住者は縁もゆかりもない。それでもなぜ聖地に移住しようと思うのか。
好きな場所に生きる
「四季で異なる街の季節の顔が見えて楽しい。これは『聖地移住』しないとわからない」
令和3年に青森県弘前市に移住した「たやなおき」さん(33)は笑顔で語る。縁もゆかりもない弘前に移住して2年。幼少期を過ごしたのは大阪府高槻市、就職したのは東京都内だった。
きっかけは、弘前を舞台に都会から引っ越した見習い魔女のコミカルな日常を描いた作品「ふらいんぐうぃっち」。「バトルもの」が多い魔女を主人公とした作品で日常を描く物語の意外性にひかれた。
舞台の弘前に初めて訪れたのは平成27年11月。作品に登場する喫茶店や原作の表紙に描かれた神社などの舞台に訪れ「街の雰囲気も含めて、全く作品と同じ」と再現性に感動し、東京から弘前に2カ月に1回程度訪れるようになった。
地元住民との交流も次第に増える中、弘前との関係性が大きく変化したのが、新型コロナウイルス禍だった。県境を越えた移動が批判され、「行きたいが行けない」時間が増えるうちに、心の内でくすぶっていた移住への思いが固まった。
当時働いていた印刷会社では8年目。長く続ける気持ちも、やりたい仕事があるわけでもない。「好きな場所で、やりたいことをやる生き方も良いのではないか」。そう考え、移住を決意した。
大きな経済効果も
聖地移住者は、20~30代が多く、北海道から九州まで全国各地にいる。
聖地移住事情に詳しい、京都文教大連携研究員の千葉郁太郎さん(41)によると、聖地移住に関する発信が目立つようになったのは10年ほど前。茨城県大洗町の「ガールズ&パンツァー」、静岡県沼津市の「ラブライブ!サンシャイン!!」といった百人規模の大移住地が出てきたのはごく最近という。
聖地巡礼の多くはコアなファンが多い深夜アニメ作品が中心で、大河ドラマや映画などのロケ地観光と比べてリピーターが多い。繰り返し訪れ、街への愛着を強めて定住することから「一般的な移住より聖地移住が失敗する確率は低い」と千葉さんは指摘する。
移住先としても、年に数回の巡礼に比べ、移住すれば多くの日を地域内での買い物に費やし、納税するため、地域に与える経済効果は大きい。千葉さん自身も聖地移住者の一人だといい「一般の旅行者の何百人分の効果にもなり得る」と話す。
また、交流の中で普段アニメを見ない住民も視聴するなどして、受け入れる環境も整っていき、ファンとの摩擦もおきにくいとも指摘していた。
とはいえ、聖地に移住するがゆえのハードルもないわけではない。
日常か非日常か
移住者たちは「『非日常』の聖地巡礼から聖地移住という『日常』に変わる」と口にする。
作品の世界観を感じ「非日常」感を楽しみたいという思いが出発点でも、移住すれば日常的に地域行事に参加するなどして地域住民と交流する機会も増える。
土地になじむことができる移住者もいる半面、一般的な地方移住にもトラブルはつきもの。例えば、地域の慣習を無視して、住民が求めていない事業やサービスを始めようとして軋轢(あつれき)を生むケースもあるという。
聖地移住でも、作品愛を強調しすぎた奇抜な身なりや言動に地域住民が驚きを見せたり、ファン同士だけの狭いコミュニティーでの交流が大半で地域との関係性が築けずにいたりする移住者のケースがあるという。
大人気だった作品も「下火になることはどの作品も避けられない」(千葉さん)。人気低下とともにファンの交流も減り、そこに住む意義を見失い、移住失敗につながることもあるという。
千葉さんは「聖地巡礼のうちはお客さん扱いでも、移住すればそうではない。移住者は、聖地となる地域のニーズをくみとって現地での生活を考えることが求められる」と話していた。
筆者:尾崎豪一(産経新聞)